非金銭経済の重要性
毎回発表される経済指標と私たちが体感している実体経済、どうやら徐々に乖離しはじめているようだ。これまでの経済体系では追いつけないほどの変化が現実に起こっているからに他ならない。給与はそれほど上昇するわけではないのに、忙しさだけが異常なまでも上昇している。
数字に出ない仕事
携帯電話やITの導入で、顧客とのコミュニケーションを少しでも増やしたいのに、余計な事務仕事が増えて時間を取られたり、間の悪い携帯電話かかってきて継続性と集中力が頻繁に断絶させられる。その割には数字に表れず、かえってIT費用増加による効果や成果が低くなっているようにも見えるし、職場の家庭化、家庭の職場化など仕事と余暇の区別すらできなくなってきている。
経済指標で表現されている大企業中心の数字は、実体経済という氷山の中では一角(0.3%)しか表現しておらず、表層部分の一部、発生した金銭部分でしかないからだ(日本の99.7%は中小企業。民主主義を標榜するならば、0.3%を引いたこちらの基準を用いるのが筋)。
これまで経済が無視してきた家庭生活や仕事以外の部分での経済性の影響力や重要性がますます増大してきいるようだ。
逆に生活のほとんどが市場経済活動に組み込まれてしまっており、金銭が発生していない生産性の方が上昇しており、これらを含めないと経済予測の精度も上がらないのかもしれない。潮流は職住一致の方向へ流れがシフトし始めており、アメリカでは組織人を卒業し、フリーエージェント(自営業者やプロフェッショナル)として働く人が人口の4分の1にまで達しているそうだ。(ダニエル・ピンク「フリーエージェント社会の到来」ダイヤモンド社、リチャード・フロリダはこの数字を疑問視している)
生産消費者とは
「未来の衝撃」や「第三の波」「パワーシフト」で有名な未来学者アルビン・トフラーは経済とは金銭を超えた大きな概念だと言う。知識社会に移行した現在、生産と同時に消費活動を営む「生産消費者(プロシューマー)」が増殖しており、これまでの金銭経済パラダイムを見直して、生産消費者という枠組みで経済を支えている土台、生活自体を分析しないと的外れな予測になると指摘する。
例えば、1992年にノーベル賞を受賞したゲーリー・ベッカーは、働いている時間より働いていない時間の方が、経済的厚生には重要であるとし、経済概念では働いていない(生産していない)時間とされている経済性の研究が重要課題であり急務だと言う。オランダのマーストリヒ大学のリシャブ・アイヤー・ゴッシュは、そのためには、価値の尺度になる金銭が使われない場合、価値を計測する別の方法を見つけ出す必要があり、価値を根拠づける各種の方法と、各方法で表示された価値の交換比率を見つけ出す必要があると言う。トフラーは、生産消費者(私たち自身)による生産性への寄与を、生産能力性と定義した。生産消費者は、
1.「第三の仕事」とセルフ・サービスの活動によって、無報酬の仕事を行っている。
2.金銭経済から「資本財」を購入している。
3.自分の機器や資本財を金銭経済のユーザーに貸している。
4.住宅を改良している。
5.製品やサービス、スキルを「市場化」している。
6.製品やサービスを「非市場化」している。
7.ボランティアとして価値を生み出している。
8.貴重な情報を無料で営利企業に提供している。
9.金銭経済で消費者の力を強めている。
10.イノベーションを加速している。
11.インターネットで急速に知識を生み出し、広め、蓄積して、知識経済が利用できるようにしている。
12.子供を育て、新たな労働力を経済社会へ提供している。(アルビン&ハイジ・トフラー/山岡洋一訳「富の未来(上)」講談社,pp369-376.下巻p232-253.に、日本に関連した記述がある)
金銭経済に非金銭経済を含めて広く経済を見なければ、ますます実感と乖離した数字、トフラーの指摘する極度偏向生産統計を発表し続ける結果となり、やがては大本営発表と揶揄されることになるかもしれない。狭い概念である生産統計の数字に貢献するために私たちは働いているわけではないし、マネー・カルチャーの空しさに気づいている人もかなり増えている。金銭=富ではなく、時間を忘れるほどの充実したトキや幸福感=富、肉体も資源も有限だ。マネーそのものは富の本体ではない。
非金銭的な部分を含めて経済生産性の概念を見直せば、本来の経済生産性はもっと高い数字になるように思う。逆に、負の外部性から生じた環境汚染や森林伐採など、環境に対する負担はコストとして差し引く必要がある(例えばGPI指標やHDI指標、持続可能な経済福祉指標)。
先進国経済の場合、負の外部性によるコストは膨大なものになるはずだ。現状観念のパラダイムシフト後にこのような非金銭的部分(交換概念とは別の贈与概念なども含め)を加味して計算した場合、GDPなどこれまで先進国が信じてきた経済成長というものは実は幻想だった…なんてこともあるかもしれない。
生産消費者は、金銭は後からついてくることを知っており、将来の富への先行投資を積極的に行っている人々なのかもしれない。あるいは、チクセントミハイの言うフロー体験(自己目的的で全人的な行為に没入している時に人が感じる包括的な感覚、ダイナミックで特異な状態)の獲得、限定的な経済観念では測定不可能な本当の富や幸福を得る方法を知っているのかもしれない。
既存の制度や枠組みがますます通用しなくなってきた。
2006.07.04. 松村崇
ラットは自分で走っているのか、走らされているのか。英気を養う厚生時間があるから走り続けられる。この厚生時間の使い方如何が当然仕事にも出てきてしまう。金銭が発生しなくても仕事をしているのだ。
経済活動、経済機関、経済合理性は、それ自体が目的ではなく、非経済的な目的のための手段にすぎない。(ドラッカー)
生産することは消費することであり、消費することは生産することである。そこに時間と空間の差異が生じることによって、生産と消費は分離される。生産と消費は表裏一体、常に同時進行だ。禅問答のようだが、あなたが今行っていることは生産なのか、消費なのか…。
1人あたりのGDPが一定水準に満たない場合は不幸だが、それが一定水準を超えると、1人あたりのGDPと幸福度の間に関係は見られなくなる。(ジグムント・バウマン)
トフラーは組織や制度の変革にはスピードがあるとして、企業(時速100km)、NGO・社会団体(時速90km)、家族(時速60km)、労働組合(時速30km)、官僚機構(時速25km)、公教育制度(時速10km)、国際的統治機関(時速5km)、政治の構造(時速3km)、法律(時速1km)としている。変革のスピードの遅い組織や制度は波に飲み込まれ、軋轢が増える。


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